IGYO10さん

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◆ゲームの楽しさの話◆

最近になって考えごとを書くようになったのだが、実はゲーム関連のアクセスの方が多い。ちなみにリンダキューブアゲインのレビューが一番多い。リンダキューブといえば、去年先輩にセガサターンをいただいたので完全版を買おうかと思っている。1X年くらいクローゼットに眠っていたそうだが、なんと箱入りの娘さん、アマゾンの中古で例えれば「非常に良い」状態だ。ゲームをしない先輩にとっては無用の長物、いっぽうセガサターンとPCEがほしくてたまらないわたしにとっては神の贈物であった。

レトロフリーク予約したいんですけど予約時点で完売って何ですか?こんばんは。

 

今さら言うことではないがゲームがだいすきだ。ではなぜゲームが楽しいのか?そう聞かれたらどう答えるだろう。

 システムが、物語が、キャラクターが……いろいろな要素があると思われるが、そこに共通するのは「出力に対する反応の質」だろうか。

出力に対する反応は、ゲームにおいて「方向キーを押すと歩く」とか「このイベントをクリアしたら次のイベントが発生する」とか「レベルを上げることでより強い敵を倒せるようになる」とかいう基本的な要素である。これがあらゆる点において優れている、つまりプレイヤーの期待に添うレスポンスが多ければ多いほどゲームは良作、名作として語られやすい。FFDQなどの作品を見ると、そのバランスの絶妙さがおわかりになるのではないだろうか。続編の話になると新奇性が介入してくるのでここでは言及を避ける。

逆に、これらの要素が欠けているゲームはいわゆる「クソゲー」と呼ばれがちである。クソゲーRPG甲子園レトロ学園の4番打者としてその名を馳せる「星をみるひと」の序盤をみれば、この「出力対反応の質」がゲームの楽しさと密接な関係を持つことがわかると思う。

 

星をみるひとは1987年に発売、なんと初代ファイナルファンタジードラゴンクエストⅡと同年に産声をあげたRPGである。パッケージはこちらになる。

星をみるひと

星をみるひと

 

 残念ながらパッケージを生で見たことはないのだがAmazonの画像を見るに、惑星のようなものの上にきらめく星があり、その光景をじっと見つめる人の顔が描かれている。昔のRPGというとパッケージには大きくキャラクターが描かれたものが多いのだが、星をみるひとはどうやらそうではないようだ。またタイトルの上には「本格SFロールプレイングゲーム」とある。なんだか壮大そうだ。自分で「本格」とかつけちゃうの、すごいレトロRPGっぽくて好感がもてる。

まず起動すると哀愁の漂うタイトルBGMが出迎えてくれる。このBGMはゲームの世界観を適切に表現しているからか、評価が高い。

ちなみにパスワード入力画面の評判も良好だった記憶がある。音楽に関しては全体的にいいよ!

 

 ゲームを始めてまず気づくのはその移動の遅さである。1歩歩くのに1秒かかる(*1)。そのくせNPCは普通の速度で歩くので、話しかけようとすると相手が動いてしまうということが頻繁に発生する。このゲームはNPCに話しかけたところで親切なナビゲーションをしてもらえないのだが、話しかける時点で不親切ではほとほと困り果ててしまう。

(*1)当時のRPGの移動速度は星をみるひとのおよそ二倍であり、実際に遊んでみるとその遅さが体感できる。とてもイライラするので機会があれば是非ちょっと歩いてみてほしい。1つ目の町から2つ目の町まで歩くだけでいい。ちなみにプレイ動画でも、臨場感はないにしてもその遅さがおわかりになるだろう。こちらは参考動画。


星をみるひと プレイ垂れ流し1 - YouTube

メニューの起動も遅く、キーレスポンスも控えめに言ってあまりよろしくない。移動の速度を考慮すれば致し方ないのかもしれないが…。キーレスポンスが悪いと言えばハドソンのそれを連想するが、それと同程度だろうか…。

また旅のプロローグなどは全くなく、いきなり画面に放り出される。実は説明書に世界設定や主人公のいきさつが書かれており、そのプロローグ後としてゲームがスタートしているのだ。当時において説明書に詳細な設定が書かれているのは珍しくないが、星をみるひとのように手放しでフィールドに放られるほど不親切な設計も珍しい。目覚めたら砂漠の真ん中にいるのと同じ状況だと思っていただければよい。

そして何より凶悪なのは攻略の難易度だ。これに関してはこちらのサイトのものがもっとも簡潔で面白さが凝縮されていたので、参考に貼っておく。「クリアするだけでファミ通のやりこみに掲載される」レベルなのがよくわかると思う。もちろんネタバレがあるので、ネタバレ絶対嫌!アタシ独力で星を見るわよ!って人は飛ばないでね。

星をみるひとレビュー

ちなみにこの方、バカゲーとしてその名を轟かせた摩訶摩訶イデアの日も遊んでいらっしゃるようなので、ただものではないことが予想できる。イデアの日はけっこうすきなんですけどなんていうか……下世話だよね。でもまぁおすすめです!

 

そんな星をみるひとだが、その奇怪な難易度設定や壊れたステータスはあるものの、シナリオ面の評価は良好である。システムとシナリオのアンバランスが功を奏したのかカルト的なファンは多く、なんと有志によるリメイク作品が配信されている。

星をみるひと リメイク計画

こちらはバランスが調節され、おおむね円滑に遊ぶことができる。主人公のみなみがめっちゃ悪人面なのが気になるけど。サガ2を踏襲した成長システムを採用しているので、サガ2をやったことがある方は入りやすいかもしれない。

「ちょっと興味があるけどできるか自信がない」というひとは、原作を二つ目の村まで進み(このゲームの洗礼を受けるのは、そこまで遊べば十分すぎる)、こちらのリメイク作品を最後まで遊んでから、余力があれば原作をクリアするのがめげづらいルートだと思う。攻略サイトに説明書の内容が書いてあったりするので、そちらを見てからはじめると「何でここに放り出されたんだ?」という疑問もなくなるのでおすすめ。世界の設定などもちゃんと載っているところがあるので、各自調べてみるといいだろう。

ちなみにわたしは星をみるひとを結構高く評価している。というのも、システムがゲームの内容に追いつかなかっただけだからだ。決してシナリオや世界観が支離滅裂で面白みに欠けるソフトではない。まぁ、そのシステムのぶっ飛び具合が当時の常識を著しく逸脱しているからクソゲー判定を食らっているのだけれど。1987年ってインターネットが当たり前ではなかっただろうし。

とはいえ今はインターネットが普及し、攻略情報も容易に仕入れられるので、再評価して「奇ゲー」くらいの評価でもいいんじゃないかなーと思っている。はまる人ははまると思う。「「あの」」邪聖剣ネクロマンサーと同じ。

それなので、あえて本作をピックアップして記事にしてみた。ただあまりある仕様の暴力によりインターネットの恩恵を受けたとしても★★★くらいだろうか……。アトラスのゲームのように難易度も選べないし、結局情報があってもやることや受ける洗礼は同じなのだ。

そういえば「ゲームのレビューに★と★★ないよね」と言われたのだが、★★はシナリオが死んでいない限りつけないし、基本的にシナリオ評価の高いゲームを教えてもらったり、調べてやるのでつかないのだろう。★は出会ったことを後悔するレベルのものに出会ったらつけると決めている。幸いまだない。

 

さて、この出力対反応の話はゲームに限ったことではない。他の趣味だってきっとそうだし、ともすれば人生のおもしろさの理由と言っても差し支えないのかもしれない。何かを食べる、話すことで反応がある、つくることで誰かが感動する、プログラムすることで望んだ結果が出力される、等々。意識せずとも、この出力と反応を無限に繰り返しながら我々は生きているのではないだろうか。「否定より無視がつらい」とか「好きの反対は無関心」というのも、反応の有無が差異を生み出していると考えることができる。

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反応のない出力を続ける人生はおそらく、永遠にこれを繰り返すことだ。

 

わたしはゲームが人生のような人間だが、逆に「人生はゲームのようなものだ」という言葉もすっと頭に入ってくる。唯一違うとすればゲームのように、必ずしも決まったプログラムに導かれないことだろうか。人生がクソゲーと言われる所以も、反応が出力に見合わない落胆や憤りからくるのだろう。死ぬまでの間を乗りきるゲームとしての人生、その結末がどうなるかは死ぬ間際までわからない。そこにプログラムが組まれてないゆえの期待があり、不安がある。この狭間で生きることを強いられているからこそ思いもよらぬ楽しみがあり、悲しみがあるのだろう。