IGYO10さん

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◆MOTHER2における死の描写について 1◆

この記事は以下のゲームのネタバレを含む。

MOTHER2~ギーグの逆襲~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MOTHER2~ギーグの逆襲~は1994年にスーパーファミコンから発売されたRPGである。現在はゲームボーイアドバンス版の「MOTHER1+2」やWiiUバーチャルコンソールも発売されており、スーパーファミコンを持っていない人でもずいぶん遊びやすい環境が整えられている幸福な作品といえよう。父親から送金されるお金を銀行から引き出す使うシステムや素敵なマッチングで効果のあがる「あじつけこもの」、ゲームに関係ないことを語る大多数のモブなど、今語っても斬新なポイントが多い。もちろん物語に込められた細工も見事なものだ。「こどもはおとなに、おとなはこどもに」というせりふがぴったりはまる、いわゆる勧善懲悪的なシナリオとはひと味ちがう、ユニークな物語である。考察部分以外のシナリオについて多くは語りたくないので、気になったら遊んでみてほしい。

 そんなMOTHER2であるが「死の描写」についても、ちょっと他のRPGとは違った印象を受ける。ここでは仲間と敵、それぞれの死の描き方を見ながら、MOTHER2における「死の描写」について考えてみたい。

 最も序盤で描かれるのは未来からやってきた英雄「ブンブーン」の死だ。ブンブーンはイーグルランドの危機を知り、ネスたちの生きる現代にやってきた「英雄」である。彼の戦闘力は英雄の名にふさわしく、本来ネス一行が中盤以降に習得する「サイコシールドΣ」を惜しみなく唱え、刺客であるスターマンのむすこからネスたちを守ってくれる。攻撃も申し分なく、いともたやすく刺客を撃退してくれる。序盤にしてあまりにも頼もしすぎる仲間の登場に、初見プレイ時に期待する方は多いだろう。

 だが彼の栄光も長くは持たない。ポーキー、ピッキー兄弟を家に送り届けてほっとしたのも束の間、ブンブーンはただの人間であるラードナによって「こうるさい べんじょバエ」として殺害されてしまう。その直前にスターマンのむすこが「◆オマエハ  エイユウデハナク タダノ ムシケラ ナノダ! タタキツブシテヤル!」と言うせりふを吐いて襲ってくるのだが、皮肉にもその通りになってしまうのだ。彼は力ない音を立てて床に落ち「◆おもったよりずっと ずっと かなり わしは よわかった」ことに気づく。自らの死を確信したブンブーンはギーグと並び立つ力を得るための「ゆいごん」と、キーアイテムであるおとのいしを託す。そうして「◆もうそとは よあけになったのう…しんでいく わしには かんけいの ないこと じゃ…」とこぼし、グラフィックもろとも消滅する。

 ミンチ家を出ればいつものように朝日が昇り、家族も街の者も平常運転である。誰ひとりブンブーンの死について語る者はおらず、彼に関する今後のエピソードも(厳密にいえば「ある」のだがとりあえずは)ない。主人公を守った「英雄」たる彼の死は、RPGで描かれる仲間の死にしてはあまりにも淡白すぎる。ここで既に、MOTHER2における死のありかたが見えてくる。英雄であろうと、死ぬときは死ぬのだ。それも過酷な戦の渦中ではなく、単なる日常風景のひとこまとして、だ。それはブンブーンにとっては、あまりにもみっともない最期だったかもしれない。しかし死はそれくらい突然に、英雄であるとか虫であるとかいう別を持たずにやってくる。命に対する特例のなさを、われわれは最序盤にしてぶつけられているのだ。